うるちゅるポップシールの沼

※登場人物は全て仮名です。

プロローグ:27歳OLの危機

午後3時、オフィスの給湯室。私、水野美咲(27歳・独身・彼氏なし)は、後輩の山田さん(22歳)の手帳を覗き込んで固まっていた。

「先輩、どうしたんですか?」

「いや......その、手帳が......」

山田さんの手帳は、まるで宝石箱だった。ぷっくりとしたハート型のシール、透明感のあるキラキラした星、立体的なクマのイラスト。どれもこれも、触りたくなるような質感で輝いている。

「これ、全部シールなんですか?」

「うるちゅるポップシールっていうんですよ!知らないんですか?」

山田さんの目が、絶滅危惧種を見るような憐れみの色に変わった。

知らない。完全に知らない。私の手帳は、ただの文字の羅列。せいぜい100均で買った花柄のマスキングテープが貼ってあるくらい。急に自分の手帳が、Windows95のデスクトップ画面に見えてきた。

「これ、どこで買えるんですか?」

「え、普通にダイソーとかLoftとか......先輩、今まで何見てたんですか?」

その言葉が、胸に刺さった。

覚醒:ダイソーでの衝撃

仕事帰り、私はダイソーのシール売り場に立っていた。

「うるちゅるポップシール......うるちゅるポップシール......」

呪文のように唱えながら棚を見渡す。あった。目の前にあった。しかも大量に。ピンク、水色、パープル、透明......様々な色と形のシールが、私を誘惑してくる。

手に取った瞬間、衝撃が走った。

「ぷにっ......!」

思わず声が出た。隣で買い物していた女子高生がこちらを見る。恥ずかしい。でも止められない。

ぷにぷに。ぷっくり。うるうる。ちゅるちゅる。

手のひらの上で、シールが光を反射してキラキラと輝いている。これが110円だと?嘘だろ。韓国から個人輸入しないと手に入らない高級品だと思っていたのに。

気づけば、カゴの中には15種類のうるちゅるポップシールが入っていた。

レジのお姉さんが、優しい笑顔で言った。

「お好きなんですね」

「はい......今日、知ったんです」

「素敵な出会いですね」

なぜか泣きそうになった。

転落:沼の入り口

自宅に帰って、購入したシールをテーブルに広げた。まるでお宝鑑定会。一つ一つ、丁寧に光に透かして眺める。

「透明感......すごい......」

スマホを取り出し、Instagramで「#うるちゅるポップシール」を検索した。

投稿数:18万件。

「え......?」

TikTokを開く。

「#ぷくぷくシール」再生回数:1200万回。

「嘘でしょ......?」

みんな知ってた。Z世代はもちろん、30代も、40代も、手帳好きも、推し活勢も、文具オタクも、韓国雑貨好きも。世界中が知っていた。

私だけが、知らなかった。

そして動画を見ているうちに、恐ろしい真実に気づいてしまった。

私がInstagramで見ていた「おしゃれな手帳アカウント」。あの透明感のある可愛い写真。全部、うるちゅるポップシールだった。

「あれも......これも......」

スクロールする手が震える。

韓国の女の子が使ってた「日本では手に入らない可愛いシール」だと思っていたもの。トレカケースをキラキラにデコってた推し活垢の秘密兵器。Y2Kファッション好きの子たちが硬質ケースに貼ってた透明なシール。

全部、日本のダイソーで110円だった。

深淵:初めてのデコレーション

翌日、私は有給を取った。

理由は「体調不良」。本当の理由は「うるちゅるポップシール研究」。

まずはLoftへ。ダイソーとは比べ物にならない品揃え。デザインのバリエーション、色の組み合わせ、サイズ展開......。目眩がした。幸せな目眩。

「これとこれを組み合わせたら......」

手帳を開き、シールを仮置きする。剥がして、また置く。角度を変える。配置を考える。

気づけば2時間が経過していた。

店員さんが心配そうに声をかけてくる。

「お客様、大丈夫ですか?」

「大丈夫です!最高です!」

怪しい人だ。完全に怪しい人だ。でも止められない。

購入したシールは、合計37種類。お会計は4,070円。

「シールに4,000円......」

レジを離れた瞬間、我に返った。でも後悔はない。むしろ清々しい。

覚醒完了:SNS投稿という名の告白

自宅で、3時間かけて手帳をデコレーションした。

ピンクのハートと水色の星を組み合わせて、余白にはクリア素材のキラキラシールを散りばめる。ぷっくりとした質感が、平面だった手帳に立体感を生み出す。光の角度を変えると、虹色に輝く。

「うるちゅる......」

思わず呟いた。この言葉の意味が、ようやく分かった。

うるうるとした透明感と、ちゅるんとした艶感。そしてぷっくりとした立体感。全てが組み合わさった時、それは「うるちゅる」になる。

写真を撮って、Instagramに投稿した。

キャプション:「27歳、うるちゅるポップシールに出会う。遅すぎた青春」

10分後、山田さんからDMが来た。

「先輩!!!めっちゃ可愛いじゃないですか!!!センスある!!!」

30分後、いいねが50件を超えた。

1時間後、知らないアカウントから「デコり方参考にさせてください」とコメントが来た。

私は、うるちゅるポップシールという沼に、完全に落ちた。

そして、それは最高に幸せな転落だった。

エピローグ:新たな日常

それから2週間。

私の机の引き出しには、100種類を超えるうるちゅるポップシールが収納されている。トレカケース用、手帳用、スマホケース用と、用途別に分類済み。

「水野さん、また増えてるね」

同僚の佐藤さんが呆れた顔で言う。

「これは投資です」

「シールが?」

「心の投資です」

オフィスでも、ランチタイムになると後輩たちが私の机に集まってくる。

「先輩、新作買いました?」

「見せて見せて!」

27歳にして、私はZ世代の仲間入りを果たした。遅刻の常習犯だけど。

スマホの通知が鳴る。Instagramのフォロワーが1,000人を超えた。アカウント名は「@late_bloomer_sticker_27」。

ぷっくりとした質感に、人生を救われた女の物語は、まだ始まったばかりだ。

 

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